| 卓話 担当 後藤尚之 君 |
| 『自己紹介』 |
昨年の7月1日に中部電力の豊田営業所長として辞令がでて豊田にきて、9月3日に松尾様のご紹介で入会をさせていただきました。本日は自己紹介をさせていただき、その後じわじわと原子力のお話をさせていただきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。出身は、長野県上高井郡東村というところです。現在は、須坂市に合併されています。 その旧東村で昭和35年11月28日にうまれました。父に聞くと、当日は初雪が降った寒い日だったそうです。名産のリンゴのような子だったそうです。 その後、父の仕事関係で須坂市の駅前に引っ越し、高校までそこで育ちました。昭和51年に地元の県立須坂高校に入学をしましたが、豊田ロータリークラブに入会して驚いたのは、須坂高校の関係者がお二人もおられることでした。 その後、東京の大学に行き、中部電力へ入社しました。最初は営業所へ配属され、その後、本社広報部へ配属となりました。当時は昭和63年に浜岡原子力1号機で起きた応力腐食割れ事故などで、原子力に対する逆風が流れている時代でありました。最初の仕事はこの浜岡トラブルを巡る公開討論会の準備でした。 次に、本社総務部へ転勤となりましたが、そこでは「芦浜原子力」の対応に追われました。平成6年に本社ビル前で抗議デモがあったことが一番の思い出です。 初めて電力会社らしい仕事をしたのは、インドネシアLNGプロジェクトに関わってからです。現在インドネシアから当社全体で34%のLNGを輸入し、重要な調達先となっています。当社、東邦ガス、関西電力、大阪ガス等と共同で設立した会社に出向となり、各社の要望に応じてLNGの生産計画や配船計画を調整などをしておりました。 以上のように当社では国内外で電源の多様化に向けた取り組みを進めている訳ですが、地球温暖化対策が叫ばれている昨今、当社の火力発電所から直接排出するCO2量は国全体の5%にも達します。このため、中小水力、風力発電、メガーソーラーなどの開発を行っていますが、やはり解決策は原子力の開発にかかっています。 現在、皆さんには地震対策として相当の費用と期間がかかる浜岡1,2号機を廃止として、そのリプレースとして敷地の東側に浜岡6号機の建設をお願いしているところであります。ご理解をよろしくお願いします。 |