卓話 担当 酒井法丈 君
『地区世界社会奉仕委員会』
私はロータリーに入会させて頂いて8年になりますが、私自身、ロータリーの本髄が良くわかっていないのではないかと思っています。四つのテストにおいてもはじめの三つは自信がないわけですが、4つ目の「みんなのためになるかどうか」は、大変意識しており、ロータリーの奉仕に精神の心掛けは大切だと考えております。私は60歳を過ぎたころから世のために「何をすべきか」「何に役に立つべきか」を考えるようになって来ました。そのころ大病に侵され1年以上苦しい闘病生活を続けてまいりました。地雷廃絶キャンペーンを知ったのはこの頃です。今日は地雷廃絶キャンペーン(JCBL)の内海旬子様の話を聞いていただきたいと思います。
≪経歴≫法政大学法学部卒業後、日本女子大学大学院社会福祉学を専攻され終了されました。職歴は94年以降NGO による途上国における障害分野の活動に従事され、06 年4 月より地雷廃絶日本キャンペーン(JCBL)の事務局長に就任されました。08年より10年6月までASEAN 統合基金による「障害と開発にかかる行政官研修」プログラム、にカンボジア担当のアドバイザーとして活躍されております。
 ゲストスピーカー 内海旬子 氏
NPO 法人 地雷廃絶(JCBL) 事務局長
『地雷問題と廃絶キャンペーン』
初めて使われたのは单北戦争といわれていますがその後良く耳にする戦争、内戦では良く使われており、世界中で埋められた数は1 億個とも言われ他事代もありましたが、今現在でも4000 万個位は残っていると言われています。被害のある国は世界中の半分位の地域ですが、特にアジア、アフリカが多いといわれています。戦争が終わった後にも残っているということが大きな問題で、戦争状態でないところで被害にあう人が圧倒的に多いということから、一般市民を傷つける酷い兵器は無くさなければいけないということから起こった活動です。・地雷の問題でマスコミ等でよく取り上げられるのは「地雷ではなく花をください」という絵本で、地雷の問題が世界にあるということを知らせるものとなっています。・山梨日立建機の地雷除去機で、カンボジア、アフガニスタン、コロンビア等に日本のODA で送られて使われています。地雷除去機は実際は兵器ですが、平和利用のために使われるということで法律を変えて各国へ輸出できるようになっています。対人地雷全面禁止条約は1997 年にICBL によって作られました。ICBL はボビーミューラー氏によって作られました。自身がベトナム戦争で足を怪我し車椅子を使うようになり、同じような戦争の被害者を助けたいと軍隊を引退した後にNGO を作りたのですが、地雷を無くさない限り本当の支援にはならないと思い、地雷があるから国が発展しない、地雷があるから人々が傷つくということを訴え続け、仲間を少しずつ増やし、カンボジアの地でICBL は生まれました。カンボジアはアンコールワットなどすばらしい遺跡で有名なところですがほぼ全土にわたって、地雷や過去の爆弾に汚染されている国です。被害者数は年間1000 人以上と言われていましたが、近年は300 人を切るくらいに減ってきています。これは対人地雷全面禁止条約で地雷除去が進んだこともありますがカンボジアの経済が安定していることが大きな要因のひとつです。地雷の被害にあった女性を紹介します。コサルさんは5 歳のときに畑仕事の最中に被害に逢いました。毎日、行っている畑でなぜ地雷がと思いますが、地雷はとても小さく洪水などが起こると移動してくるので、今まで何もなかった畑に突然地雷があり被害に逢ってしまいました。現在は大学生になり、ICBL の一員として大活躍をしています。地雷廃絶の活動を多くの人に知って頂き、支えて頂くことが大事なことです。対人地雷全面禁止条約ができ、ICBL がノーベル平和賞を受け、ダイアナ妃が活動していたのは1997 年の15年も前のことなので、多くの方、特に日本の方は地雷問題は終わったと思っているかもしれませんが、まだぜんぜん終わってなく、引き続き長いスパンで取り組んでいかなければならない問題だということを覚えておいて頂きたい。世間を変えていくには数が大事ですので皆さんに是非参加して頂きたいと思います。
本会のはじめにロータリーの歌の中に「和らぎ睦み」というフレーズがありました。これはICBL のネットワークと繋がるものがあると感じました。ロータリークラブとICBL のネットワークと近しくお付き合いできたらと思います。
これからもよろしくお願い致します。